574年橘の宮で生まれる。本名を厩戸豊聡耳皇子(うまやどノとよとみみノみこ)と称する。遣隋使の派遣、十七条憲法、冠位十二階の制定、石馬寺、四天王寺、法隆寺、広隆寺等の巨大建築に関わったという説から、建築・木工の守護神として崇拝されはじめ太子信仰が広まる。
50cm
10寸
60cm
15寸